古文
高校生
解決済み

このらむは現在推量なんですが、どうして原因推量ではないのでしょうか?参考書では、見ている→原因推量 と学んだので、反例が起きてて困ってます😭

かおる かしわぎ ひかるげん えもんのかみ おんなさんのみや 第4問 次の文章は、『源氏物語』「柏木」巻の一節である。光源氏は年を取ってから、まだ若い女 三宮 (本文では「宮」)を妻 に迎えた。女三宮は男児(通称「薫」)を生んだが、薫の実の父は、光源氏ではなく、右衛門督(通称「柏木」)であった。そのこ 光源氏に知られて苦悩するあまり、柏木は病を得て亡くなり、女三宮は尼になってしまった。本文は、薫の生後五十日の 祝いの日のことを描いたものである。これを読んで、後の問い(問1~4)に答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に の番号を付してある。(配点 45 ) 【 4 こころおきて いだ たま 御乳母たちは、やむごとなくめやすき限りあまた候ふ。召し出でて、仕うまつるべき心などのたまふ。「あはれ、 残り少なき世に生ひ出づべき人にこそ」とて、抱き取り給へば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし。 (注1) (注2) RE ご おぼ にようご ちちみかど わうけ 大将などの児生ひ、ほのかに思し出づるには似給はず。 女御の宮たち、はた、父帝の御方ざまに、王気づきて気高うこそ おはしませ、ことにすぐれてめでたうしもおはせず。この君、 いとあてなるに添へて、愛敬づき、まみのかをりて笑がち なるなどを、いとあはれと見給ふ。 あいぎやう (注3) まなこ 2 思ひなしにや、なほいとようおぼえたりかし。ただ今ながら、眼居ののどかに、恥づかしきさまも、やう離れて、かをり (注4) ひとところ をかしき顔ざまなり。宮は、さしも思し分かず、人、はた、さらに知らぬことなれば、ただ一所の御心の内にのみぞ、「あは (注7) (注5) れ、はかなかりける人の契りかな」と見給ふに、おほかたの世の定めなさも思し続けられて、涙のほろほろとこぼれぬるを、 (注6) ことい ご 「今日は言忌みすべき日を」と押し拭ひ隠し給ふ。 3 「このことの心知れる人、女房の中にもあらむかし。知らぬこそ妬けれ。 (注8) とが ねた と見る と をこなりと見るらむ」と、やすからず思せど、 「我が御咎あることはあへなむ。二つ言はむには、女の御ためこそいとほしけれ」など思して、色にも出だし給はず。いと何 心な物語して笑ひ給へるまみ、口つきのうつくしきも、「心知らざらむ人はいかがあらむ。なほいとよく似通ひたりけり」と (注9) 見給ふに、「親たちの、子だにあれかしと泣い給ふらむにも、え見せず。 人知れずはかなき形見ばかりを留め置きて、さばか
I 意味の見分け方 「文中」か「文末」に分ける 文中時制+「伝 婉曲」 文末 時制+「推量 」「原因推量」 意味の見分け方は、「む」がわかっていれば、簡単です Jnd 「文中」の場合⇒「下」を見る 「下」が体言 ◆時制+ 「婉曲」が多いので、それを目安にして文脈判断。 昔より身にありけむことも、 「文末」の場合 見ている時制+「原因推量」 花の散るを見て詠める。~しづ心なく花の散るらむ 昔から自身にあったようなことも、 桜の花が散るのを見て詠んだ(歌)。~どうして桜の花は落ち着いた心もなく散っているのだろう 見ていない→時制+ 「推量」 さ思すらむ。 そう思いなさっているのだろう。 *「思い」は目に見えない。 文中に「疑問語」がある 「原因推量」が多いので、それを目安にして文脈判断。 何の罪にてかか 目を見たまふらむ。 どういう罪で、どうしてこんな目にあいなさっているのだろう。 ホントですね! 最初に「文中」か「文末」に分けて考えるのも「む」と同じだし、覚え 方を考えればその場でわかるのも同じですね。しかも、「スゲ〜」=文 I I I
らむ 現在推量 原因推量 助動詞

回答

✨ ベストアンサー ✨

この「見らむ」の「見」は、「(話し手が事実を)見ている」ではなく、「(他人が自分を)思う・見なす」という意味の動詞そのものだから。

「原因推量」とは、話し手が目の前の事実を目撃しているとき。

今回は話し手でなく、光源氏が目の前にいない(見えない)女房たちの現在の様子や心理を推量している。
だから、現在の目に見えない事態を推量しているため、基本通りの「現在推量」となる🙇

Losto

めちゃくちゃ分かりやすくて神です。
ありがとうございます!!!🙏

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