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現代文 高校生

高2 論理国語 「ホンモノのおカネの作り方」のレポート 二の[三] がわからないので教えてください😭

[三] 傍線部の「これ以上詮索してもしようがあるまい」とあるが、 なぜ アニセガネ そういえるのかを説明している次の一文の空欄にあてはまる言葉と して、最も適切なものを後の選択肢の中から一つずつ選び、記号で 答えなさい。 筆者はホンモノのおカネについて論じるために、 目しているのであり、②だけがホンモノに似ていて機能を持た ない金貨・銀貨の偽造方法について考えることは意味がないから。 見た目 [四〕 傍線部「その意味で」とはどういう意味かを説明している次の一文 の空欄にあてはまる言葉として、最も適切なものを後の語群の中から 一つずつ選び、記号で答えなさい。 の性質に注 本来はホンモノに対する のお金」の意味であるが、「ホンモ ア ノの金銀に見えるように似せて作られる」という意味で、 = ガネといえる、という意味。 次の文章は、『ホンモノのおカネの作り方』(P二八二~P二九〇)の 一部である。 これを読んであとの問いに答えなさい。 だが、あのニセガネ作りたちをaシハイしていたのは、この逆説とは逆 の、ホンモノのおカネがホンモノであるのはそれがホンモノの金銀からで きているからであるという「ホンモノの形而上学」であった。 すなわち彼 らは、ホンモノのおカネをホンモノたらしめているはずの金銀に「似せ」 たものを作ることによって、ホンモノのおカネと同一の価値を得ようと していたのである。 それゆえ、 ニセガネとは、いかにホンモノに似ていて もあくまでもホンモノの金銀に対するニセモノでしかなく、それは決し ホンモノになることはできない。しかも、ひとたびニセガネがハッカ

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現代文 高校生

高2 論理国語 「ホンモノのおカネの作り方」のレポート 一の[二] が分からないので教えてください😭

| 次の文章は、『ホンモノのおカネの作り方』(P二八二~P二九〇)の 一部である。 これを読んであとの問いに答えなさい。 幕末の頃、勤王派の佐土原藩はa討幕のシキンのためにニセの二分 判金を作ったが、その作り方は次のようなものであった。〈中略〉 恐らく、この佐土原藩の二分判金はニセの金貨としては最も精巧に作ら れたものであり (佐土原藩はこのニセ二分判金を約二百万両もセイゾウ し、幕末から維新にかけての通貨制度を大きく混乱させた)、 そのほかに も、銀や銅やd鉛を金箔で包んだり金メッキをしたものから、色が似て いる銅やその合金をそのまま使ったものまで、金貨を偽造するにはありと あらゆる方法が知られていた。 (銀貨の偽造についても同様である。) だが、どのようにして実際に金貨や銀貨が偽造されるかを②これ以上詮 索してもしようがあるまい。ともかくここでは、ニセガネとはホンモノの 金銀ではないものがあたかもホンモノの金銀に見えるように細工されたも のであるとう、ごくあたりまえのことさえ確認しておけば十分だ。 ニセガ ネを作るとは、ホンモノの金銀でないものをできるかぎりホンモノに似せ ようとする作業であり、 まさに③その意味でニセガネとは「似せ」 ガネな のである。 [一] 傍線部 a~eのカタカナを漢字に直し、漢字は読みをひらがなで答 えなさい。 [二]傍線部①「勤王派の佐土原藩」がニセの二分判金を作った結果、どう なったかを表したものとして最も適切なものを次の選択肢の中から 一つ選び、記号で答えなさい。 幕末から維新にかけての失業者が激増した。 イ 幕末から維新にかけての平均寿命が著しく短くなった。 ウ幕末から維新にかけての平均寿命が著しく長くなった。 エ幕末から維新にかけての通貨制度を大きく混乱させた。

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現代文 高校生

【一】傍線部①「二人は違う現実の中を歩いている。」とあるが、ここでの「現実」とはどのようなものか。具体例を本文から一文で抜き出し、初めの五字を答えなさい(句読点・記号は一字に含む)。 これの答え知りたいです。

二 『こそそめスープ』(P六~P一一)を読んで次の問いに答えなさい。 私のようなケースでなくとも、人は皆、自分の作りあげた思い込みの世界で 暮らしているところがあるのではないだろうか。 ある道を歩いていても、一人 はそこが新宿方面につながっていると言って疑わず、もう一人はこの先は公 園になって行き止まりになっていると主張する。 たとえ現実にはその道は二年 前に工事されて渋谷方面につながるようになっていたとしても、二人は違う 現実の中を歩いている。 そんなふうに考えると、今、同じ場所を歩いている隣の人も、その隣の人も、 自分の作りあげた異世界で暮らしているんだと思えてくる。同じ場所を歩いて いても、脳が違う限り、私たちは違う光景の中にいるのだ。 私には、それがすごく楽しいことに思える。 それぞれの世界を行き来できたら もっと楽しいのになあと思う。 隣の人の住む世界に遊びに行き、その脳の持って いる情報の中で日常を過ごす。 それは私の住む世界とは全く違う②異世界だろ う。こんなにそばに異世界への扉が無数にあるというわけだ。 そのドアを、ぜひ 開けてみたい。 そしていつか、私の住む世界にも遊びに来てほしいと思う。そのときは、ぜひ、 いっしょにこそそめスープが飲みたい。 私の住む異世界に遊びに来てくれた人 といっしょに、生まれて初めての本物のこそそめスープを味わえたら、とてもう れしい。 〔一〕傍線部①「二人は違う現実の中を歩いている。」とあるが、ここでの 「現実」とはどのようなものか。具体例を本文から一文で抜き出し、初めの 五字を答えなさい (句読点・記号は一字に含む)。

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現代文 高校生

至急!! 高校三年生の国語なんですけど全く分からないので解答と解説を求めます。 画像1→ 2→ 3の順で見てください よろしくお願いします!

ふじはらたつ 藤原辰史「食を聴く」「孤食」という社会問題 ★次の文章を読んで、後の設問に答えよ。 食文化とは、人間のすべての感覚に訴えてくる総合的文化である。 2 味覚と嗅覚は言うまでもない。 お椀の味噌汁から漂う大豆発酵の香りと、味噌汁を口につけたときに広がる濃厚な味わい。 鼻と舌と いう器官は食の舞台では主役級だ。それ以外に、視覚、触覚、聴覚も深く関わる文化であることも、容易に理解できるだろう。一皿に 載せられた食べものの色彩と配置は絵画にたとえられるし、歯ごたえや舌触りという名詞は世のグルメ本には欠かせない。二日酔いの朝、 口に含んだ味噌汁は、まだ眠っている鼻腔の細胞を挑発し、舌の真ん中あたりの痛覚をも刺激したあと、喉の上方から吸収されてい。 くように、体に浸みわたる。 ③ ただ、聴覚については、ほかの感覚と比べて、これまでほとんど掘り下げられてこなかったように思うので、ここでは食と音につい 考えてみた 食の「音」が意識されるのはどんなときだろう。私にとって真っ先に思い浮かぶ音は、せんべいを砕くあの音である。 私の職場は、定期的に研究会を運営したり参加したりして、その道のエキスパートの話を聴き、知見を蓄え、研究報告書やシンポジ ウムというかたちで社会に還元することを主な職務としている。研究会は平均四時間、場合によっては五時間に及ぶことが多いので、 発表者や参加者がおやつや飲みものを持ってくることがある。 これを休憩時に食べるのが楽しみでもあるのだが、研究発表が三時間以上続くこともたびたびあって、そのときには小腹が減ってく るので、聴きながら食べることもある。研究会中にせんべいを食べる音は、部屋全体に響きわたる(と私は恐れる)。ので、できるだけ そのゆっくりと砕かれるせんべいの音が悪目立ちしてしまう(と私は恐れる)。しまったと口 B 音を立てないように砕くのだが、 それは私の食道と胃袋を傷つけて に含んだせんべいの行き場に自信を失った私は、悩む。このまま飲み込んでしまいたい。 やまないだろう。いっそのこと高速で噛み砕いてしまおうか。噛むべきか、噛まぬべきか悩む私がふと目をあげると、目の前の参加 者が、勇猛にもせんべいを噛み砕いていることに気づく。しかも破砕音があの独特のリズムを刻んで部屋に響いている。なんと勇敢な せんべいの戦士だろう。 D 生来気の弱い私は、勇敢な戦士の放つ音に紛れるように自分の口のせんべいを食べ切ることに成功するのである。私がこの間一言も 20 漏らさぬように真剣に報告を聴いていることは、名誉のために付け加えておきたい。 総じて静かな空間は、食べる行為が音を発する行為であることを思い起こさせてくれる。 箸が茶碗に当たる音。ナイフとフォークが 皿に当たる音。蕎麦をすする音。スープをすする音。キュウリの漬物を噛む音。 レンコンを噛む音。 肉を切り分ける音、骨についた肉 をしゃぶる音。ビールが食道を通る音。 バリボリ、カツカツ、コツコツ、ズズズズズ、 ギコギコ、シャキシャキ、ゴクリ。食卓は本来 さまざまな音に囲まれている。 胎児は、あるときから子宮のなかで音が聴こえるようになるという。産婦人科医の増﨑英明はこう述べている。 「子宮の中ってめちゃ めちゃやかましいんですよ。お母さんの心臓は子宮に接してますから、おそらく、ドッコンドッコンドッコンドッコンってずーっと聞 いてたら、たまらんですよ。 ノイローゼになる」(増崎英明・最相葉月 「胎児のはなし」)。ならば、母親が食べたものが、食道を通って、 胃や腸で揉まれる音も、心臓の鼓動の合間に、羊水の振動を通じてきっと聴いているのではないか、とこの一節を読んで考えた。他者 が食べる音は、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の心臓の近くに置かれると泣き止むように、安らぎのようなものを与えるのではないか。 3 たとえ胃腸の音が心臓音で掻き消されているとしても、心臓の鼓動は、胎児の栄養を送る音だ。私は、ともに食べることが、単に複 数で食べること以上の何かをもたらす理由として、母親の胎内にいたときの「耳の体験」があるのだと考えている。 子宮のなかで母親 と一緒に食べていること。つまり、縁食の原型である。心臓の音を聴きながら、へその緒を通じて食べていることは、ともに食べるこ との原初的なかたちではないだろうか。 実際、食べる音は、歯にせよ、舌にせよ、喉にせよ、胃袋にせよ、腸にせよ、人間の体のなかが発する音である。食べる音は、本来、3 自分が動物として生まれてきたことをそっと私たちに再確認させる音だと言える。それはもっと多彩だったはずだ。 皮のついたリンゴを丸ごとかじる音は、切られたリンゴを食べる音よりも硬質で高い響きを持つ。氷を噛み砕く音は、かき氷を食べ 音よりも低音で岩を砕くように口腔内に轟く。一本のキュウリを噛み切る音は、刻まれたキュウリを食べる音よりも折れる感じが出 ていて爽快。焼き鳥の軟骨を噛み切るときの音は、わずかに歯が滑ったあとに、心地よい野蛮さを響かせる。 喉から胃袋にかけてその 通過の感覚が残り続けるのも軟骨のうまさである。トウモロコシをかじるとき、芯から実が外れる音はユニゾンを楽しめるし、とろろ ご飯を食べる音は蕎麦やうどんをすする音と似ていて、スピード感にあふれている。 39話を料理技術にまで広げてみると、食の音はさらにヴァラエティを増す。 心地よい音に思われる度合いが高いのは、まな板の上で野 菜を刻む音だろう。野菜そのものの音に刃が板に当たる音がダブって響いてくる。ダイコンやショウガをおろす音は大地を鳴らす重低 25

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