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古文 高校生

古文 うたたね 写真の文章をどなたか現代語訳してください。お願いします🙇

も、 きぬた 嘆きながらはかなく過ぎて、秋にもなりぬ。長き思ひの夜もすがら、やむともなき砧の音、ねや近ききりぎりすの声の乱れ 2 一かたならぬ寝覚めのもよほしなれば、壁に背けるともし火の影ばかりを友として、 明くるを待つもしづ心なく、尽きせぬ 涙のしづくは、窓打つ雨よりもなり。 3 いとせめてわび果つる慰みに、さそふ水だにあらばと、朝夕の言草になりぬるを、そのころのちの親とかの、頼むべきことわ とほつあふみ いざな ものまうで りも浅からぬ人しも、遠江とかや、聞くもはるけき道を分けて、都の物詣せんとて上りきたるに、何となく細やかなる物語 などするついでに、「かくてつくづくとおはせんよりは、田舎のすまひも見つつ慰み給へかし。かしこも物騒がしくもあらず、 心すまさん人は見ぬべきさまなる」など、なほざりなく誘へど、さすがひたみちにふり離れなん都の名残も、いづくをしのぶ心 にか、心細く思ひわづらはるれど、あらぬすまひに身をかへたると思ひなしてとだに、憂きを忘るるたよりもやと、あやなく思 ひ立ちぬ。 5 6 (阿仏『うたたね』より)

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国語 中学生

夏草 奥の細道で、時のうつるまで涙を落としはべりぬというのがあるんですが、これは何故涙を落としたのでしょうか?

無 消え果て JAKE 館 三・九キの前に T 三代の栄耀一睡のふちにして、大門の跡は一里こなた 無 有 ひでひら きんけいざん 秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す まづ 有 あった。見た きたかみ なんぶ ころも れば、北上川、南部より流るる大河なり。衣川は、 う やすひら 甘き ぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。 泰衡らが旧跡は、衣が関 えぞ を隔てて南部口をさし固め、夷を防ぐと見えたり。さても義臣す 5 有 ぐってこの城に籠もり、「功名一時の草むらとなる。「国破れて山 か 211 河あり、城春にして草青みたり」と笠打ち敷きて、時のうつるま 涙を落としはべりぬ。V> 右から見た景色には藤原氏の 繁栄五義経の戦いもなく見えるのは 切れ字 今も残っている白を見て 有 つはもの 夏草 どもが夢の跡 すべになった人を思い はかなさを感じてる 2 大門の奥州藤 「黒なたに 1 (平麓がいかに 秀衡が跡 秀衡の の中心部。 金鶏山 平泉館の ため黄金造りの雌 といわれている。 みなもとのよしつね 2 高館 源義経 3 北上川………大河 地方(今の岩手 大河である 3 和泉が城 秀衡 4 泰衡 秀衡の次 衣が関 高館の 5 南部口 平泉か 5 さてもそれに 義臣すぐつて 5 CO 功名一時の草 のことで、そ 6 国破れて...... いう詩を思い

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古文 高校生

この問題⑦の若うという言葉の音便系のもとは若くであってるのでしょうか?教えてください

げんへい かつせん うじ (源平合戦が、京都・平等院でおこる。 宇治川を渡って攻めてくる平家 もちひと 奉じた宮〔以仁王]を南都〔現在の奈良]へ逃がそうとしている。) おほぜい 大勢みな渡して、平等院の門のうちへ、攻め入り攻め入り戦ひけり。このまぎれに、宮をば 混乱に乗じて)、 なんと *げんざんみにふだう とど *ふせ 南都へ先立たせ参らせ、源三位入道の一類残り留まつて、矢射給ふ。 先に行かせ *ゆんで ひざぐち いた 三入道は、七十に余っていくさして、弓手の滕口を射させ、痛手なれば、心静かに自害 七十歳を超えて わたなべのちゃうじつとなふ ウ 瀕死の重傷 いけくび せんとて、渡邉長七唱を召して、「我が強討て。」と宣ひければ、主の生討たんことの悲しさ さうら に、涙をはらはらとながいて、「つともおぼえはず。御自害候はば、その後こそ賜り候は 5 かうしやう L め。」と申しければ、げにもとや思はれけん、西に向かひ手を合はせ、高声に十念唱へ給ひて、 通念仏を さいご ことば 最期の詞ぞあはれなる。 もれぎ 埋木の花咲くこともなかりしにみのなる果てぞ悲しかりける 花が咲くこと(=栄華の立身出世もなかったうえに、 つらぬ はら これを最期の詞にて、太刀のさきを腹に突き立て、うつぶしざまに貫かつてぞせられけ わか (自ら)貫かれて る。その時に歌詠むべうはなかりしかども、若うよりあながちに好いたる道なれば、最期の時 も忘れ給はず。

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