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生物 高校生

見ずらくてすみません💦 (1)の、①はなぜ「増える」になるのでしょうか。 また、(2)の(イ)は、なぜ、ニワトリ(36)が、ハリモグラ(38)とイモリ(62)のあいだに入れるのでしょうか。 どうかよろしくお願いします🙇‍♀️

37.分子系統樹 いろいろな生物種で,同 0 グラ カンガ ルー ハリモ イモリ (ア) 27 38 (イ)/ 62 69 サメ (ウ 79 じ遺伝子の DNAの塩基配列を比べると,変化 ヒト している塩基の数は、2つの種が分かれてから の時間に比例して① [増える, 減る] 傾向が見ら れる。また,DNAの塩基配列をもとにつくら れるタンパク質のアミノ酸配列についても,同 じ傾向が見られる。 このようなDNAの塩基配 列やタンパク質のアミノ酸配列の変化を(② )という。 DNAの塩基配列やタンパク質のア ミノ酸配列の変化といった分子情報をもとにして描く系統樹を( 3 )という。図はヘモグロビ 0 分岐した年代は, 化石から推定され たもの (×億年) 0.8 1.35 2.2 3 3.5 4 4.4 1 2 3 4 時間 (億年) ンα鎖のアミノ酸の置換数と分岐年の関係を示した( 3 )である。 (1) 文章中の空欄に適当な語句を記入せよ。 ただし, ①は正しい語句を[]から選べ。 ①[減る増える ② [ ③1分子系統樹 進化] (2) 図中の (ア)~(ウ)に該当する生物名を下の(a)~(c)から選べ。 なお, 生物名の横に書いてある数値 はアミノ酸の置換数である。 (ア)[b] (a) ニワトリ (36) (b) イヌ(24) (c) コイ (68) a] [] p.37 例題4

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英語 高校生

最初のwhileは、〜だがっていう意味じゃダメなんですか?あと九行目のアラブ世界中にっていうのは、アラブを通して世界中にっていう意味であってますか?

音読をしよう! 02 While it is common to speak of the “Silk Road." // no one seems to mention a “Coffe Road" even though some of its segments would be equally ancient and the relationshin established just as lasting. // Originating sometime prior to 525 in the Ethiopian province of Kaffa/ (from which th drink gets its name), // coffee was first used as an aid to religious prayer. // By the mid-15 century, // coffee drinking had sailed from Yemen up the Arabian Peninsula, // leaving in path the world's first coffee farms. // Indeed. / coffee always traveled in easy partnership wit Islam. // The world's earliest coffee houses opened in Mecca / and from there sprea throughout the Arab world. // Each culture along the Coffee Road left its mark on the drink. // In Yemen, which held global monopoly on coffee for hundreds of years, // the roasting of coffee became custom.// Yemeni people traded the beans via the Red Sea port of Mocha // (afte which, centuries later,/Americans would name their chocolate-flavored coffee). // h Turkey, various spices including cinnamon were added. // The Tunisians improved the drin with orange-flower water, // and the Moroccans added dried rose blossoms/as wella balsamic spices. // コンシーダード Coffee was considered a problem by many people from the start. // Catholic official wanted it banned from Europe. // After all,/ Christians drank wine but Muslims dran coffee. // Had Pope Clement VIII not been willing to try the drink of the non-believers, // th Coffee Road might never have reached Europe. // But instead of banning it, in 1600/th Pope declared it delicious and blessed the coffee. / His decision effectively threw open thr gates to a lively new culture // the European coffee house, // セローにごる Within the next 100 years, cafes sprung up all over Europe, // starting in Venice. Given the delight in the stimulating drink / and its commercial potential, // Europeans brough ■he coffee plant to their colonies in Indonesia and the Americas, // Around this time the Coffee Road took a surprising new turn / and entered Japan through the back door. // Dutch Merchants in Japan, who were permitted to live only on the small artificial island of Dejima 「were enthusiastic coffee drinkers. // From 1641, // knowledge of coffee began aki アスティック through this fan-shaped island. // 日本語訳 正正 C00229 「シルクロード」について話すことはよくある一方で, // 「コーヒーロード」について話す人はい ないように見受けられる。コーヒーという分野の一部は網と同じくらい古くからあり,/築かれ た関係もちょうど同じくらい長続きしているはずなのにもかかわらず、である。// 525年より前のあるとき,エチオピアのカッファという州で誕生し/ (この地名にちなんでこの飲 み物の名前がつけられた)/コーヒーは、最初は宗教的な祈りの補助として使われていた。 //15 世紀半ばまでに, //コーヒーを飲む習慣はイエメンからアラビア半島へと船で海をわたって伝わ り,//行く手で世界初のコーヒー農園ができていった。 // 実は、コーヒーは常にイスラム教と 調和して伝播していったのだ。//世界最古のコーヒーハウスはメッカでオープンし、そこからア ラブ世界中に広がったのである。 // コーヒーロード沿いのそれぞれの文化が、 この飲み物に影響を残している。 // イエメンでは,/ 何百年にもわたって, コーヒーにおいて世界で独占的な地位を占めていたコーヒーの焙煎が慣習に なった。 // イエメンの人々はモカの紅海に面した港を経由して豆の取引を行った // (この地にちな んで何世紀も後に,/アメリカ人がチョコレート風味のコーヒーに名前をつけることになる)。// トルコでは,/シナモンなどの様々な香辛料が加えられた。 //チュニジア人は橙花水を加えてコー ヒーの風味をよくし, // モロッコ人は乾燥させたバラの花びらを加えた/バルサムの香辛料だけで なく。// Lesson 2 コーヒーは初期より、多くの人々からやっかいな問題だとみなされていた。 // カトリック教会の 聖職者たちは、 ヨーロッパでコーヒーが禁止されることを望んでいた。 // なにしろ,キリスト教 徒はワインを飲んでいたが, イスラム教徒はコーヒーを飲んでいたからだ。 // ローマ教皇クレメンス 8世がキリスト教信者でない人々の飲み物 (であったコーヒー) を飲んでみなかったら, // コーヒー ロードはヨーロッパにたどりついていなかったかもしれない。 // しかしコーヒーを禁止するどころ か、1600年に, 教皇はコーヒーがおいしいと言明し、 コーヒーを祝福した。彼の決断が功 を奏し、活気ある新文化への門戸が開かれたのだった // ヨーロッパのコーヒーハウスという。 そこから100年もしないうちに, / ヨーロッパ中に喫茶店が誕生した / ベネチアに始まって。 この刺激作用のある飲み物を飲む楽しみと,そのビジネスチャンスを考慮して、 // ヨーロッパの 人々はコーヒーノキ [コーヒーの木] をインドネシアおよび南北アメリカ大陸の植民地に持ち込ん だ。 // この頃/コーヒーロードが驚くべき新たな展開を見せ、裏ルートで日本に侵入したの った/日本在住のオランダの商人たちが,長崎沖の出島という小さな人工島にしか住むこと 許されていなかった。熱狂的なコーヒー愛飲家になっていたのだ。 // 1641年以降// コーヒ に関する知識が少しずつ日本に流れ込み始めたこの扇形の島を通じて//

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