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化学 高校生

問3の(II)がわからないです。解答の左側の図の位置にくることはわかるのですが、右側の図の位置にくるのが理解できないです。解答よろしくお願いします🙇

問3 図2邑のように体心立方格子の単位格子の一辺の長さを1とし,あるTi原 子の中心を原点にとって xyz 座標を設定する。 下線部に関して次の(i) ~ (曲)の 問いに答えよ。 2 (i) 八面体隙間の中心位置にH原子が入るとき, H原子と周囲の4つのTi原 子は同一平面上に存在し, H原子の中心と周囲の各Ti原子の中心との間の 距離 dTi-H には異なる2つの値が存在する。 2つのdTHH の値を有効数字 2 1,41 - 0905 0.71, けたで答えよ。 (i) (i)で定めた八面体隙間の中心位置にH原子が存在するとき、 図2に示 すxy平面(z=0)における0≦x≦1,0≦y≦1の領域で,八面体隙間 に入ったH原子中心の位置として考えられるものすべてを(x,y)座標の形 式で答えよ。 x およびyの値はそれぞれ小数第2位まで答えよ。 四面体隙間の中心位置にH原子が入るとき,dTi-H には1つの値のみが存 在する。 (ii)と同じxy平面における 0 ≦x≦1,0≦y ≦1の領域で,四面 体隙間の中心位置にH原子が存在するとき, H原子中心の位置として考え られるものすべてを (x, y) 座標の形式で答えよ。 x およびyの値はそれぞれ 小数第2位まで答えよ。

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国語 中学生

答えがイとオなのですが、ア・ウ・エが違う理由を教えて欲しいです。

めいそう じょう こ 上学的になる。 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。(2点) 乗り物のうちで、歩くことにもっとも近いのは、著者の経験では カナディアン・カヌーに思われる。もちろん、 ホワイトウォータ ーに挑むスポーツとしてのカヤッキングではない。河と湖をカナデ かつ ィアンカヌーで進み、森のなかではそれを担いで踏破する移動だ。 てつがく カヌーは深い思索に誘われる。哲学するためにこの乗り物を作っ たのではないかと思えるほどだ。しかしそれは歩いているときや ※トレッキングしているときとは、思考の働き方がかなり異なる。 カヌーを漕いでいるときの方が、より深く、より多角的に、その場 所に包まれる。自分は環境の一部分となり、その一部分全体が移動 する。自分は水となり、その水が海に向かう。 歩いているときには、 自分の身体は環境に包まれつつも、それから身を引き剥がし、足を 宙に浮かしている。カヌーでの思考は、歩行のときよりも形而 ヨットと乗馬は、圧倒的に素晴らしい経験であるが、歩くことと は似ていない。 乗馬には、馬という相棒がいる。相棒と自然につい て対話しながら進んでいく。だが、この相棒と私とは志向性がかな り異なり、ときに初心者には難解な言葉を容赦なく浴びせてくる。 ようしゃ 馬の歩行のリズムは、人間の歩行のリズムと異なるが、非常に快適 。 ※ であり、快楽をもたらす。 “ケンタウロスは、ひとつの人間の身体 的理想なのかもしれない。 こうい ヨットは、散歩よりもはるかに危険な行為であり、個体の生命を つねに自覚させられる。セイリングでは、カヌーと同じく、自然 に完全に包まれ、風と波、海の一部と化す。しかしカヌーが身体と ひかく の一体感が強いのに比較すると、ボートは依然として乗り物であり、 クルーもいる。風と波に従いながら、それらを最善に利用するには、 知恵とチームワークが必要である。セイリングでは、多忙な労働と 瞑想が交互にやってくる。それは風と波のリズムの反映である。 こうして、カヌーやヨット、乗馬では、自然のもつ意味が、そ れぞれに散歩やトレッキングとは大きく異なっている。

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