✨ ベストアンサー ✨
地租改正で、物納から金納へ納付方法を変更させても、税収は減らさない方針であったということです。
政府としては、いろんな改革を行うためのお金、財源、いわゆる収入が欲しい。政府の収入は基本的に税金であり、税収となります。
物納だと、天候などにやる不作によって、得られる収入が左右されるため、税金による収入を計画しにくい悪い点がありました。そこで、物納でなく、お金で納付してもらうことで、不作だろうとなんだろうと安定した収入を得られるようにしました。物納→金納へ変わっても税収が維持できるような税率を政府は定めました。納める側としては、不作の年でもなんとかお金に換金して納税する必要があり、大変だったので、後々の一揆へとつながります。
ほんとにほんとにすみません...🙏🏻
わたしの教科書の読解力がないのが原因なんですが
地主から政府へは地価の3%を金銭で納める
小作人から地主へは変わらず現物で使用量を納める
この「年貢」というのが「地価の3%」ということなんでしょうか?
明治以前は地主も現物で収めていたから、年貢を納めるのがキツくなったという感じでしょうか?
ここで言う年貢、は地租改正以前の物納による税収という意味だと思います。その税収・年貢の量を減らさないように地価の3%という税率を設定されてます。つまり、減らないようにしてるので、高額な税金となっています。
江戸時代は物納できてたのに、お金に換金する必要があったため、収穫をお金に換金しても税金を納められない地主も出ていました。
そういうことでしたか!理解できました!本当に長々とお付き合いいただきありがとうございました🙏🏻🙏🏻😭

税収ってどういうことでしょうか?すみません...🙏🏻
物納と金納が同じぐらいの負担だったということですか?