日本史
高校生
解決済み

どうして長州藩薩摩藩は官軍になれたのですか

回答

✨ ベストアンサー ✨

戊辰戦争の話ですかね?

ゲスト

はい

私立文系(指定校)

薩長軍は錦の御旗というものをゲットしていました。
これは簡単に言うと、これを掲げているだけで天皇の軍隊だということを示すことができるチートアイテムです。
なので薩長軍は天皇の軍隊、すなわち官軍になれました。

ゲスト

その錦の御旗をゲットできたのはなんでですか

私立文系(指定校)

そもそもとして薩摩、長州藩は天皇側についていたから。

ゲスト

天皇側につけた根拠は何ですか

私立文系(指定校)

薩摩、長州藩は尊王攘夷論という考えを持っていました。
これは政治権力を天皇に戻し、外国人を追い払おうという考えです。
既に幕府に見切りをつけ天皇による政治を再び行うべきだと考えていたんですね。
なので戊辰戦争では天皇側につきます。旧幕府勢力が残っていると天皇主体の新政府樹立に邪魔だからです。

もっとも、攘夷については二藩とも決行しめみましたが欧米から報復を受けまして、不可能という結論になりましたが。

ゲスト

幕府軍も天皇を慕っていたと思うのですがそれはどうですか?

私立文系(指定校)

そうです。
だから錦の御旗を掲げられたので幕府軍は戦意喪失し敗走します。

私立文系(指定校)

話をまとめましょうか。

幕末、紆余曲折はあったものの、薩摩藩と長州藩は江戸幕府を倒し天皇主体の新政府をつくることを目指します。
ところが(薩長は武力での討幕を検討していましたが)幕府側が大政奉還という形で政権を天皇に返してしまいます。(こうすることで新政府に参加しようと画策したのです)

で、まぁこの時点では薩長側も旧幕府側も(共に天皇主体の新政府樹立に尽力するという意味では)天皇の味方でしたが、薩長側は新政府樹立にあたって旧幕府勢力が残ると邪魔と考えたのでその勢力を削ごうとしました。これが戊辰戦争の発端です。
そして鳥羽伏見の戦いにおける錦の御旗の存在によって旧幕府側は朝敵、薩長側は官軍という位置付けが確定しました。

以後、朝敵扱いされた幕府軍は敗走を重ねることになります。

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