数学
高校生
解決済み

次の不等式を証明せよ。という問題で、
写真のような感じになったのですが、合ってますか?
もっと良い証明方法があったら教えてくださいm(_ _)m

(2) Xx<>^M>00k = 2 => >>①のとき、 x y-1 y 左辺一右辺=2-1-4-1 y Y(x-1)-X(4-1) xy XY-Y_XY+X xy x-y xy x>y>0よりx->0.xy>O x-y よって、 >0 xy したがって、x-ly-l > x y

回答

✨ ベストアンサー ✨

完璧ですね。

こんなのはどうですか?
x>y>0のとき
(x-1)/x > (y-1)/y …①
⇔ 1-(1/x) > 1-(1/y)
⇔ -(1/x) > -(1/y)
⇔ 1/x < 1/y
⇔ x>y …②
仮定より②は成り立つので①も成り立つ。

横から失礼ですが、不等式を証明するときに、与えられた不等式をそのまま利用して、証明するのはあまりよろしくないと思いますね。

みなみ

そのご指摘は違うと思います。
私の答案は、証明の誤りの典型である
「これから示したい(まだ示されていない)ことを、既に成り立っているものとして論を進める」
ものとは根本的に異なります。

同値変形で展開されていることに注意してください。
単にA⇔B⇔Cといったら、Aが成り立つ【としたら】Cであり、逆にCが成り立つ【としたら】Aであるということです。
「いま事実としてAが成り立っている」ということを主張するものではありません。
★①と②は(x>y>0のもとで)同値である。
★②が成り立つ。
★したがって、①が成り立つ。
ということです。私はそういう解答をたまに見かけますが、これが「あまりよろしくない」というのはなぜでしょうか。

また、論理的に間違いだとしたら「ダメ」というご指摘しなると思いますが、「あまりよろしくない」ということは、論理的に間違いなのではなく、許容される可能性もあるものということでしょうか。そのあたり教えていただけますか?

みなみ

取り急ぎどこかのサイトでそれらしいものがないか見てみました。とりあえず以下ではどうですか。Googleで「なぜ学校では不等式証明の際に」で検索するとQuoraというサイトで少し話がされています。

あなたも何か根拠を示してもらえるとありがたいです。
なお、たまに「これから証明する式から出発したらダメだよ」とだけ言う人がいますが、それはある意味で正しく、ある意味で誤解を与えるしかないひどい表現だと思います。

「いま事実としてAが成り立っている」ということを主張するものではありません。➛不等式①は、事実として成り立っていることを言っているように私からは見えます。同地変形〜と述べていますが、元の不等式が成立している上で同地変形がなかれていては、元の命題の証明をしているようには、私からは思えませんでした。私は、旺文社から出版されている、総合的研究 記述式答案の書き方という大学受験向けの本に書かれている内容を参考にしました。多分貴方のお手元にないと思われて、本の名前を出して申し訳ないのですが、そこには示すべき最初の不等式は成り立つ根拠が述べらてないのに、計算を進めたら誤答になる、的な内容が書かれています。私はそれを元に、貴方の解答は、最初の不等式が成り立っている前提で進めていると思いました。
Googleで「なぜ学校では不等式証明の際に」で検索するとQuoraというサイトで少し話がされています。➛拝見しました。私は数学のプロでもなんでもないので、何とも言えないのですが少なくとも(大学)受験数学では、不等式の証明というのは、主に3つがあります(分かっていると思いますので、省略します)。しかし、貴方の証明の仕方は普通の仕方ではないと思います。受験数学では採点者にわかりやすく解答を書く必要であり、採点者が自身が書いた解答を望んだ通りに解釈されなくては困ります。貴方の解答の仕方では、

続き:多分、一般の解答の示し方よりも減点をもらう可能性が高くなると思います。また、同値記号(⇔)も記述では避ける必要があります。貴方の回答は意識していないかもしれませんが(別に今回のように人に説明する場合はいい)、その理由は、誤用すると大幅減点をもらいますし、何よりも⇔で書き連ねるよりも言葉で説明しながら描き進める方が伝えたいことを的確に伝えることができます。後は、⇔を一般の高校生は、十分に理解して使いこなせないと思います。話が逸れましたが……
私が「あまりよろしくない」という表現を使ったのは、先述した通りに私は数学のプロでもなんでもないため、断言を避けたかったからです。だ・であるという語尾を避けて、〜だと思いますと言うことと同じ意図であったと捉えて下さい。人によって、言葉の使い方や捉え方は千差万別ですので、お許し下さいm(_ _)m

みなみ

お返事ありがとうございます。まず①論理性に対する疑問なのか、②表現上・教育上の疑問なの
かを今一度はっきりさせてください。
①上で言ったことの繰り返しです。理屈は正しいのです。「A⇔B」と書いてあるのを見て「A は
成り立つ」と書いてある、と読むのは誤りです。これだけでは A が成り立つかどうかは不明です。
これは「あなたはそう読んだ」「そう誤読されるかも」という話ではありません。ここだけはきち
んと理解してください。ここがわかっていただけないと、話が進みません。採点者……大学の先
生のチーム……は論理性を正しく把握していることは前提です。ここを疑いだしたらキリがあり
ません。逆にここがわかっていただけていれば、これ以降は読む必要はありません。
示していただいた「記述式答案の書き方」の第 8 章でしょうか? ここにはきちんと同値性を示
している答案はありません。ここに出てくる誤答は、同値性を示しておらず、示す式をすでに成
り立つかのように書き、改行のみや∴で繋げているから誤答なのです。
証明法や表現はそれこそ千差万別です。不等式の証明法が「主に」3 つと言うあなたなら、それ
以外に書きようがあることもおわかりのはずです。あなたも、この本に書いていないから私の方
法は間違いだとか普通でないという極端なことは言わないですよね。これを減点してしまうよう
な採点者がいたとして、そんなものを想定しだしたら答案の自由性は失われてしまいます。それ
こそ「こう書くのも危険だから避けよう」「これも併記しておかなくてはまずいのでは」などとキ
リがないし、むしろ記述の姿勢としては非現実的になっていきかねません。
私の示したサイトでいくつかあった意見は私の主張を支えてくれていると思います。これに対す
る反論をいただけませんでしたが、それはつまり理屈の正しさをあなたがご理解いただけるとい
うことと思っています。
②教育上の懸念からこうすべきという意見であれば、主観に大きくよるものなので、ここではお
控えくださると幸いです。単なる式変形で⇔を乱用するのはよくないという前出の本の主張(第
7 章)はその通りだと思います。ただ、ここでは単なる式変形ではなく、同値性を言うために使
うべくして使っています。使わないこともできるでしょうが、使って差し支えない場面です。な
お、私は「⇔をどんどん使うべき」とは主張していないことは一応申し添えておきます。
また、ついでにおっしゃっただけでしょうから言及することもないと思いますが、「⇔を記述で避
ける必要がある」というのはやや言い過ぎと思います。たとえば、初学者に対して⇔を押し付け
るようなことがあれば、それは配慮がないとは思います。理解せず使うことの危険性もわかりま
すが、そのご主張は別の機会にしてくださると幸いです。質問者の方が「⇔を十分に理解して使
いこなせない一般の高校生」かどうかは何とも言えません。最初に示された答案はちゃんとして
いるので、それなりにわかってくださるかなと思います。そもそも私の示した別解は(x-1)/x = 1-
(1/x)とすることが本質です。

まず、貴方のご解答が論理性は正しいことは認めます(決して上からの目線ではありません)。しかし、論理が正しいからと言ってそれで終わりかと言えるわけでもありません。この問題は、「受検」数学です。貴方と解答を見て、果たして「この人は、しっかりこの問題を理解して、こういう論理の下で証明した」と、はたして

言えるのでしょうか?何度も言いますが、論理性を問題にしているのではありません。論理性と共にしっかり問題を理解していることを必要にしていると思っています(主観が入っています)。つまり、論理を支える説明が必要であると私は考えます。貴方は、私の参考にしたものについて、同値性を示していないから、誤答であると述べていますが、では、⇔を書いて繋げればそれは同値性を示したことになるのですか?もちろん、理屈がしっかりあった上で⇔があれば、それはとても良い解答なのでしょう。しかし、見た感じただ⇔で繋がれた解答が論理がしっかりしたものだとわかるのでしょうか?小学生低学年の子が、三平方の定理を用いて、辺の長さを求めている'ように見える'解答を出したとしても、その解答は、本当に理解をしていて使ったのか、あるいはただその定理を見たことがあってたまたま使ったら、合っていた可能性があります(例えが変かもしれませんが、汲み取って下さい)。つまり、貴方の解答は論理に基づいた至極真っ当な解答かもしれませんが、それが本当に論理に基づいてやったのかあるいは、与えられた不等式をただ変形して解いた誤答なのかがはっきりしないというのです。

続き:何度も言いますが、貴方の解答は素晴らしい解答ですが、受験数学は論理を支える説明も重要であると考えます。私は、主に受験(教育)の観点の数学について書いて、主観は控えるべきと指摘されましたが、世の中に客観的であるものは、ありません(言い過ぎかもしれませんが) 。⇔を使いこなせる受験生は全体の2割も満たないでしょう。当然私も使いこなせません。完全に使いこなせない⇔をただ繋げたり、論理に基づいているから、なんの問題もないとするのよりも、それを避けて、言葉で(説明の仕方はもちろん色々あります)しっかりとした説明を加えた方がいいと私は言ってるのです。これくらいのことで、答案の自由性が失われるなんてことはないと思っています。後、どうでもいいですが、個人的に⇔は、条件と条件を繋ぐときに認識がありす。

貴方の方が私より遥かに数学の理解が深いと思います(断言します)し、私が変なことを言っているだけかもしれません。だけど、論理だけの話をしているだけではないことをわかってもらいたいです。何か論理さえ正しければ、この議論は終わりであるように感じたので、言葉を添えておきます。

みなみ

私の挙げた別解で⇔で繋げている式たちは条件ですよ。だんだん、あなたの理解が不十分なだけなのではないかと思えてきました。「記述式答案の書き方」は至極正しい本ですが、それを断片的に受け取っているだけなのではありませんか? そもそも、論理的に正しいのは認めていると言いつつ、初めのご指摘は「不等式を証明するときに、与えられた不等式をそのまま利用して、証明するのはあまりよろしくない」とか「不等式①は、事実として成り立っていることを言っているように私からは見えます」などと誤ったことを言っている点で、理解があやふやです。さらに、それを指摘されると「論理ではなく説明・書き方の問題」のように話がすり替わってきました。「与えられた式からスタートしてはいけないのではないですか?」というような疑問混じりの意見ならともかく、「よろしくない」と断言されるのは勘違いとはいえ、謙虚ではなかったと思います。私もそうですが、勉強不足なのは仕方がない。それを認めているのも素晴らしいことですが、話が変容してきて、食い下がっている割にいまいち話が見えません。

入試は客観の世界です。主観的に「これは×では?」と1人が思っても、他の採点者とすり合わせて基準が決まります。入試での答案は論理と結論が正しければ○です。正しいことが書いてあるのに、行間や紙背を見て(つまり勝手に想像して)減点することはありません。公平かつ客観的でスピーディな採点のためです。
ただし、学校の定期テストでの採点はまた別です(学校のテストには評価以外に教育の側面、普段の指導の延長という側面が入り込む余地があるためです)。

理解が疑わしかろうが、たまたまだろうが、正しく記述されていれば○です。私が小学生の家庭教師なら「○だけど、本当にわかってる?」と確かめたりしますが、×を与えることはないでしょうね。話を戻すと、入試で、答案に書いていない理解の有無をどう推測するのですか? 答案を開示請求して、正しいものに×が与えられていたら訴訟ものですよ。

【↓この段落が重要かと思います】
論理と説明という言葉を分離して捉えているようですが、まずそこが解せません。あなたの独自の定義・理解に近いです。そのもとで主張をされているので、話が混迷しているのでしょう。
そもそも論理は「議論・説明における筋道のこと」です。論理は正しいが説明が不足なんてことはありません。【説明が不足なのだとしたら、それはそもそも論理として瑕疵がある】ということです。今回の私の別解はいつになく論理的にも記述としても特に過不足ありません。これを減点する採点者がいれば連れてきてもらいたいです。別に何かの言葉を付け加えてもよいですが、その必要はないです。このQ&Aは「必要十分な説明だけでなくさらに+αを盛り込む参考書」ではないからです。過剰に説明してもよいですが、それがないからといって突っ込まれるようなことでもないでしょう。数学をやる者として、「説明は多いに越したことはない」ような大雑把な指導の仕方はよろしくないでしょう。
そこまでお分かりになっているのに、これ以上何がご不満なのですか?

また、⇔を使いこなせるか否か、使いこなせる人の割合、そのお話がどう関わってくるのでしょうか? ここに使いこなせない人がいて、明らかに困惑する中を私が強引に⇔を使えと強要していれば突っ込むのもわかりますが。その一般論が正しいとして、この場にそれを持ってくる意図がわかりません。

あなたの思想・主観は結構ですが、その開陳はご自身のブログなどでやればよろしいと思います。質問ならお受けしますが。

私の意見としては、1番最初は貴方の解答はの誤答だと思った➛次に話に挙げたサイトをみて、貴方の発言は正しいと感じたが、その解答は誤解を招く可能性があるから、⇔の話を交えて、解答を書く時はしっかり言葉で説明をした方がいい➛2回目の返信で貴方に論理的な疑問なのかあるいは表現上・教育上な疑問であるかを問われて、私は論理性は至極真っ当であり、認めていますが、「受験数学」の観点で言うと、やはり採点者にわかりやすく(しっかり理解しているのかをはっきり)した方がいいと書きました。別に話をすり替えてはいません。貴方と喧嘩をして勝ちたいとか思ってませんから。貴方の方が私より何倍も数学を咀嚼できていますので、欺こうと何かしていません。貴方は、私に「あなたの視点から〜は、間違っている」とおっしゃいますが、私の主観で一番最初に貴方の解答は間違っていると思ったから、当然に私の視点の話なのです。第三者の視点で語ること不可能です。あなたこそ、論理が正しければ、採点者が正しくそれを読み取ってくれる、的な話をしていますが、これも主観であると言えます(間違っていると言っているのではありません)。

受験の月というサイトの大学入試数学の採点基準をまとめたところによると、式の羅列(⇔で続けるのを式の羅列どうかとみなすのは知りませんが)を進めなかったり、一言説明を加えた方が良い的な発言なや、必要条件と十分条件の認識が甘いことがあまりにも多いので、黙認しうる的なことが書かれているように、やはり論理が合っていても、言葉で説明をした方が伝わることが伺えると思います。確かに、私の指す論理と説明という言葉は私の独自の解釈かもしれません。ちなみに私の言う論理とは、 「ある出来事に関して辻褄が合わせられる」ことであり説明とは、「そのある出来事に関しての辻褄ではなく、本当のこと」を指しますので、論理と説明は、別々に考えるべきものである場合があると思っています。私は辞書的な意味合いで考えてないので、誤解を招いたかもしれません。後、私の⇔は条件と条件〜、という発言はむやみやたらに⇔を使っていることが多々見られると思って、⇔を使いこなせい人が多いと感じていたので、そう発言したのであり、決して貴方の使用について文句を言ったのではありません。不快に思われたら、申し訳ありません。話に戻りますが、貴方の解答にいちゃもんをつけているのではなくて、採点者にみてもらう時に、説明不足だと減点をもらう可能性が(少しでも高く)なると思うので(主観です)、(簡潔に言うと)言葉による説明を質問者に対して勧めているだけです。

私も論理が正しいから、満点だと採点する人が100人中100人いるとは思えません。私は、筋が通っている解答でも、そこにその理屈(論理)を言葉で説明を補った方がいいと主張してきました。私は、論理が正しいからと言って、貴方のような解答(⇔で繋いで、何の言葉の説明がないもの)を今まで1度も見たことがありません(人に解説する動画では、何度か拝見したことがあるような気がします。また、今回の貴方の回答では、言葉の説明がなくてもいいと思います)。⇔を使っている割合が極端に低いという話を入れたのは、それだけ上手にこなせる人がいない(と思われる)し、そもそも解答で⇔を使っている人が少ないと思ったので、記述の際に使うのは、あまりよろしくない「と思う」(断定していません)、ということを言いたかったのです。少し議論していた内容とはズレるかもしれませんが、⇔を駆使して解答を行って、減点をもらい(続ける)(計算ミス等は除いて)人がいたら、是非見たいものです。要するに、論理が正しいと自身が思って解答を作ってもも、採点者が答案に書かれていることだけでそれを確実に汲み取れるとは到底思えません。受験生同士の解答を見比べて相対的な点数を決めると思いますので、なるべく言葉の説明を入れた方が採点者にとって、点数を決めやすいのではないかという、私の意見です。私の意見を述べるのになぜブログでやらなくてはならないでしょうか?それでは、貴方の発言は100%客観的であり、主観的なことは一切述べてないと 、そう受け取ってしまいます。

多分ですが、文面でやり取りしているに加えて、伝えたいことがお互いに伝わってないと思われます。ここで2人同士で長々話しても、上手く噛み合わないと思いますので、そろそろ終了にしませんか?我々の話し合いを見て、客観的に判断してくれる人もいないと思いますので、互いにとって時間が無駄になっています。色々と私の発言で不快に思われているのなら、改めて申し訳ありません。

修正:減点をもらい続けている➛満点を貰い続ける

みなみ

私は時間の無駄とは思いませんが。

必要十分な説明はそりゃあるべきですよ。そして、私の答案は説明をしています。で、最終的にあなたも「私の解答なら説明はなくてもいい」と言う。だとしたら、そこから「論理が正しくても採点者が汲み取れるとは限らないからもっと説明を」という主張には繋がりませんよね。私の解答でいいなら、そこに絡んできて「もっと説明を」はいらないでしょう。よそにいくらでも説明の足りない回答があるのですから。そこに言って回るのですか?

説明の要不要は、どこにその線引きがあるのですか? 主張し始めた以上、それを明快に説明するか、意見を引っ込めるかしてください。

【ぶっちゃけて言えば、「まだ経験が浅く誤解もあり、主張が正しく伝えられないから今回の絡みは取り下げる」と言うのが(最大限あなたに譲歩した)幕引きの仕方です。】自戒を込めてですが、力や経験が足りないと正しい主張は正しいと認識されません。

ここで、貴方の解答に対して説明としなくて良いと書いたのは、どこかに提出するものでなく、また問題が非常に短く解答してあるため、一目ですぐに何を言っているからそう書いたまでです。私が述べたのは、ある程度長さがある解答を含めた話でした。力や経験が足りないと正しい主張は正しいと認識されません。➛なるほど、一理ある。説明の要不要は、正確な答えを提示できませんが、少なくとも何も言葉の説明は‪✕‬、出来るだけ〜より・だから・したがっての言葉で繋ぎ(∴でもいい)、問題の方針を言葉を交えて計算する直前や途中(∵等を使って説明)に入れることが記述する上では、(私は)伝えたい内容を十分に伝えられると思いますね。もちろん、これが最低・絶対条件であるとは言えませんが、これくらいで十分わかってもらえるかなと思います。客観的な要不要の基準は、正直分かりません。私は、100点満点のテストがどこまで、低い点数でどの点数から高得点であるかが分からないと同じように、説明の要不要の線引きをすることはできかけます。これができないと言って、私の主張は聞くに値しないと言われてたら、それは暴論だと思いますね。後、

よろしくないと思いますね、が相当貴方の逆鱗に触れたみたいですが、これも失礼の明確な基準もよく分かりませんね(煽っているわけではありませんが、ずっと言及されるので)。私なりによろしくないと思う、は結構丁寧に言ったのですが、これも主観ですので、再三ですが、申し訳分けなかったです。知らない人からいきなり否定されるたのですから、私が生意気でしたね。これは相手の意見を否定して、どちらの主張が絶対正しい・間違いを決める大会ではないので(一方的にそう思っています)、私は貴方の発言から色々と学ぶことがありました。是非第三者の方々にも見て頂いて、意見をもらいたいところですね。私の周りには、ずっと自宅にいて聞けませんが、貴方は周りの人に聞けると思いますので、その方々の意見も聞いてみて、教えて頂きたいですね。

みなみ

わかっていただくことができずに残念です。
私の力不足です。
願わくは、
今後たくさんの文献に当たって見識を広めること、
よい指導者に対面・双方向で教えを乞える環境に身を置くこと、
大は小を兼ねる考え方は数学や入試にはそぐわないと理解すること
を。合格をお祈りします。

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